自己啓発をやめて哲学をはじめよう ~アリ地獄からの脱却~

今回ご紹介する書籍
酒井穣 著 『自己啓発をやめて哲学をはじめよう その絶望をどう扱うのか』フォレスト出版

こんな人にオススメ
 ・自己啓発本を何冊も読んでいるが成果が出ない
 ・自己啓発セミナーで散在してしまった
 ・自己啓発のメソッドを実践すればするほど焦りや不安が募る

オススメ度:95/100 (ぜひご一読ください)

【本書の説明と流れ ~概論~】
 この書籍は著者の酒井氏の知り合いが自己啓発に傾倒してしまうあまりトラブルが起きたことをきっかけに書かれた書籍となっております。フォレスト出版は自己啓発本をよく発行する大手の出版社ですが、ここからこのようなタイトルの本が出てきているという点は特筆すべきでしょう。
 本書は3章構成で、
第1章:自己啓発そのものは個々人の救済にはつながらない。唯一救いは自己ではなく自己の外側に存在する真理の追究にある
第2章:真理とは何か、真理に向かうための哲学の興りと我々の中に存在する真理に関して
第3章:哲学のすすめ。なぜ哲学が必要なのか

以上のことがまとめてあり、人間がその環境で強く生きていくことに関して一つのヒントをくれる書籍になっております。
 今まで自己啓発本、自己啓発セミナーなどに参加をされ、一時的な心の救済を得る一方で、長期的な人生の救いになっていないという潜在的な悩みを持つ方には良き指針となってくれる書籍になるかと思いますので、そのような方々にご一読の価値があるかと思います。

【各論 第1章 自己啓発をあきらめる】
【自己啓発と哲学の違い】
 自己啓発とは、何もないところから何かを見つけるような所作であるということが第一章で述べられております。どういうことか?自己啓発とは、自らの心の中、自らの価値観、自らが持つ潜在意識や能力などに焦点を当て、そこから人生を成功に転じさせるという取り組みを指します。この”自ら”という点がクセモノなのです。自己啓発は知識や技能を身に付ける努力をしないままに、自らに異常なまでの関心を向けてしまうことに他ならないということです。つまり、非常に主観的な判断に頼ることになり、まるで空っぽの箱の中から何かキラキラした宝物を見つけ出そうとするくらい、不毛な作業であるということです。
 一方で哲学とは、自分の外に目を向け、特に自然科学などの客観的に判断できる事柄を追求し、主観性を限りなく小さくし、世の中の普遍の真理を知ることに主眼を置く事柄なのです。自分を過大に評価せず、「報われない絶望」、「自らが成功しない憤り」こういった事柄からくるストレスを限りなく小さくする学問でもあります。著者は一貫して自己啓発をやめ、哲学をはじめる。つまり自らの内面に焦点を当てすぎず、代わりに自分を取り巻く自然と環境が有する真理を正しく理解することを奨励するのです。
【自己啓発をなぜやめるべきなのか?】
 前述の通り、著者は自己啓発に対して否定的なポジションを取り続けております。理由は知人が自己啓発にハマり、トラブルが起こったこと。本書の執筆もそれがきっかけで著されたということです。それだけではなく、自己啓発が人からお金を巻き上げる怪しいビジネスの温床になっているという点にも著者は言及します。「信じれば救われる」「成功しないのは信仰が足りないから」「紙に書いたことは必ず実現する」このような触れ込みで今でも巷では自己啓発が横行し、時には金銭トラブルにまで発展する現実があるとのこと。自己啓発の結果成功するという事例は統計学上非常に少なく、また、成功した人たちは自己啓発の有無にかかわらず自らの力で成功を手にしているはずであるというのが著者の意見です。そのため自己啓発はやめるべきであると述べます。
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【自己啓発にハマる理由】
 現代の情勢が不安定で、職を失う恐怖を持つ人増えているからとされています。ハマる人たちの内訳で最も多いのが、正社員で体育会系の男性であることが明らかとなっています。つまり、このような社員の方々が(技術革新に伴う雇用の減少などの理由で)職を失うリスクを抱えていることが根底にあるようです。そして、知識の吸収、スキルアップの努力に走るのではなく、自らの殻に閉じこもる、もしくは神の存在を信じ、神の信仰をするという方向に努力をしてしまうことで自己啓発の罠にハマってしまうのです。
【救済は哲学にあり】
 哲学は真理を追究することであり、自然科学など、実生活ではあまり役に立たないことを学ぶ学問です。役に立たなくとも知識をたくさん身に付けることで、自分の中にたくさんの知識が蓄えられます。つまり、自分の中身をより肉厚にしてくれるということです。本書では例えばタモリさんや北野武さんを引き合いに出し、このように中身が伴った哲学的な人物が一見ムダな知識を非常に多く蓄えていることに言及しています。つまり、哲学は自分の外に好奇心を向け、客観的に物事を判断するのを助けてくれるというわけです。

【各論 第2章 神はいるのかという問題】
【神の存在】
 宗教は神の存在と神の教えを前提に存在する概念です。しかし神の存在を疑いもなく信じ込むことは非常に危険であり、何でもかんでも神の仕業にしていては思考停止状態に陥りかねません。例えば「神が人を作った」という創造主を前提とした考え方は、ダーウィンが進化論を確立しそれが浸透した現代においても一部の人間からは信じられている思想です。しかし、哲学はこの神の存在に疑いを持つことを推奨する立場をとります。
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【哲学の東西 ~東洋思想は自己啓発につながりやすい~】
 哲学の中で、西洋思想の哲学と東洋思想の哲学があるそうです。西洋思想の哲学とは事実を積み上げていき、真理に到達するアプローチをとります。そのため万人が理解できる方法で、現行で最善の真理を正とし、それを覆す事実が判明した際には直ちに新しい事実を正とした新しい真理の追究を目指すというものです。一方で東洋思想では、いきなり真理に到達した人間が現れます。そしてこの真理を知る人間に教えを乞う形で真理を追究するようになるのです。東洋思想のこの姿勢は、真理に達する出来事を実体験するしかないという考えがあるためだとされています。この思想が、神を利用した自己啓発に利用される土壌を育んでしまう危険性があるということです。つまり、他者に依存した真理追究を行う必要性から、安易に教祖や自己啓発の主催者の教えを信じ込んでしまうという可能性が否定できないからです。
【特定の人間が神の啓示をうけるのはなぜか】 
 真理はすでに人間の脳に刷り込まれている可能性があり、突如として真理を知る者がいる一方で、気付かない人もいるとされています。既に刷り込まれているというのは、ダーウィンの進化論に代表されるように「そうなる」ように特定の個体にインプットされており、その真理に到達する考えや行動を生きている間に実行する人たちがいるということです。しかし、いかなる場合においても目指すべきは「真理」であり「神や真理を知る者の言動や教え」ではないことに注意し、安易に特定の神、人間に傾倒し。自己啓発にハマらないことが重要でしょう。

【第3章 哲学の誘い】
【なぜ人は自己啓発にハマるのか?
 人は誰しも必ず「自分こそが正しい」という考えを持っており、その根幹をなすのが承認欲求だそうです。この承認欲求は生殖や生存にもかかわっており、誰しもが持つ本能に基づくものだとされています。「自分こそが正しい」ことを証明するには、相対するものとの競争に勝つしかなく、例えば自分が最も優れているという自らの正当性を証明するには、サラリーマンでは社長にまで出世するしかありません.。しかしほとんどの人間がそのような成功はしません。この満たされない承認欲求が人々を自己啓発への傾倒へ駆り立ててしまうようです。
【哲学で承認欲求を鎮める】
 哲学は、世界の真理を追究するために学び、自分の外の世界に興味を向けるアプローチを続けます。この過程で、「外の世界」が大きく、相対的に「自分の存在」が小さくなるのです。すなわち承認欲求も小さくなっていきます。そのような承認欲求が小さい人々は、「人から認められる」ということを意に介さず一見役に立たない学問や自分の興味のある物事に没頭していることが多いのです。このように自分の外に興味を向ける哲学的な姿勢が、満たされない思いからの脱却に不可欠であると著者は述べています。
 例えば子育ても自分の外に興味を向けることの一つであり、自分よりも大切な存在に自分のリソースを注ぐ大切な体験です。しかし、近年では子育てはコストパフォーマンスが悪いという理由から出産や子育てを敬遠する風潮があるそうです。これもまた、現代の人々が自らの外に興味を失い、空虚な自分の中に対してばかり興味を持っているということと関連があると考えられます。キーガンの発達段階理論によると、大人の成長は次の5段階に分けられるとのことです。
1. 具体的思考段階 言葉の獲得とそれによる具体的な思考をする段階
 読者の皆様はすでに子供のころに通過している
2. 利己的段階 自分の欲求を満たすために人を道具として使う段階
 他者の立場を無視し、自分の欲求に従い生きる段階で成人の約10%存在する
3. 他者依存段階 自らの選択を社会や他人に依存している段階
 没個性的であり、自分の価値観を持たず他人に判断を依存する。自己啓発のターゲット層であり、成人の約70%がこの段階にある
4. 自己主導段階 自らの価値観によって人生を自律的に生きる段階

 成人の約20%がこの段階であり、自分の成長に強い関心を持つとされている
5. 自己変容段階 自らと他者を同じように観察できるようになっている
 自分の成長に対する興味すらもなく、無の境地に近く、より哲学的な状態。この段階の成人は全体の1%にも満たない
段階が上がるごとに哲学的であり、自己啓発にハマりにくくなるという特徴があります。哲学を享受し、自分以外のものに興味を持つことが現代人が持つ満たされない欲求を癒す数少ない救済の一つであるということです。そして、キーガンの発達段階が上がれば上がる(外の世界に興味を持ち、一見意味の無い学問に没頭する)ほど、実は成功に到達しやすいという可能性が高いのです。例えば会社での出世を成功と捉えるならば、自らの成長や利益を考えず、無の境地に近い人間のほうが会社での人間関係を円滑にし、会社に利益を与えられるためです。このように単純な心の救済のみならず実益も存在するのです。

【感想】
 昨今、自己啓発に似たセミナーや教材販売などの広告をYouTubeやネット広告でよく目にするようになりました。これは自己啓発に傾倒する人が大勢いることを示す事実なのでしょう。自己啓発にハマるロジックの中で承認欲求が満たされないという点が言及されておりましたが、現在、SNSで自らのキラキラした様子を見せつけるような投稿も、自らの実生活で満たされない承認欲求を慰める行為なのかと思います。そして往々にして、中身がカラッポな人たちが多く、自分にしか興味を示さない少しかわいそうな人たちでもあると思います。これらの人たちが救われるためにも、やはり一見ムダに思える学問を学び、知識人として生きていくことを目的に生活を組み立てていこうと思いました。
 まだまだ本書に関して書ききれていない部分も多数ありますので是非ご一読ください。

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